後遺症が残存することや、死亡の転帰をたどることもあるインフルエンザ脳症は、COVID-19パンデミック中に著明に減少したが、再び増加している。
インフルエンザ脳症の予後
インフルエンザ脳症は、1990年代半ばより報告され、1997/98シーズンには推定500例という多くの患者発生が判明し、致命率(約30%)と後遺症率(約25%)が高いことから解決すべき重要な課題とされてきた。2005年には厚生労働省研究班によりガイドラインが作成され、臨床現場で広く用いられるようになった。近年の年間発症数は100-300例、致命率は7-8%、後遺症率は約15%(表1)と改善しつつあるが、未だ十分ではない1)。
インフルエンザ脳症の病型は、MRI所見による分類では4つに分類され、予後は病型により大きく異なる。可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)は、90%が後障害なく改善し、重度後障害や急性期死亡はなく、もっとも予後良好である。けいれん重責型(二相性)急性脳症(AESD)は、死亡は少ないが後障害を残す率が高い。急性壊死性脳症(ANE)、出血性ショック脳症症候群(HSES)は、重度後障害や急性期死亡率が高く、いずれも予後不良である(表2)2)。
表1 インフルエンザ脳症の年間発症数、致命率、後遺症率
文献1)より作表
表2 インフルエンザ脳症の病型別予後
文献2)より作表
COVID-19パンデミック前後の発生状況―国内
COVID-19パンデミック前後で、インフルエンザ脳症の患者報告数はどのように変化しているか。COVID-19パンデミック前の2017/18シーズンは166例、2018/19 シーズンは226例、2019/20 シーズンは254例であったが、COVID-19パンデミック中は著明に減少し、2020/21 シーズンは0例、2021/22 シーズンは1例であった。しかし、その後、再び増加して2022/23シーズンは、2023年第25週までに37例、2023/24シーズンは、2023年第52週までに114例(疑い症例を含む暫定値)が報告されている(図1)3-5)。
年齢層別にみると、小児例が大半を占める。10歳未満の割合は、2017/18シーズンが58%(96/166例)、2018/19シーズンは69%(155/226例)、2019/20シーズンは71%(181/254例)であった。一方、60歳以上の割合は、2017/19シーズンは14%(23/166例)、2018/19シーズンは8%(19/226例)、2019/20シーズンは5%(13/254例)であった(図2)3)。2022/23シーズンは、15歳以下が86%(32/37例)を占めた4)。
図1 国内におけるCOIVD-19パンデミック前後のインフルエンザ脳症患者報告数
*2023年第25週までのデータ †2023年第52週までのデータ(疑い症例を含む暫定値)
文献3-5)より作図
図2 インフルエンザ脳症の年齢・年齢群別報告割合(2017年第36週~2020年第14週)
文献3)より
COVID-19パンデミック後の発生状況―中国、イタリア
海外の状況はどうであろうか。中国・深圳(しんせん)市では、COVID-19パンデミックでロックダウンが実施されていた時期に、A(H3N2)によるアウトブレイクが発生した。A(H3N2)は、近年、いくつかのアウトブレイクの原因となっているが、ロックダウン中になぜアウトブレイクが発生したかは不明である。
2022年6月1日~7月1日に、深圳小児病院に入院したA(H3N2)感染の小児は513例で、うち97例がインフルエンザ関連神経学的合併症(INCs: influenza-associated neurologic complications)を発症した。INCs症例は、①脳症/脳炎群、②熱性けいれん群、③てんかんを有し発作増悪した(ESUE)群の3群に分けられた。①脳炎/脳症群(18例)のうち13例は、生来健康であった。3例が急性壊死性脳症(ANE)を発症し、うち2例が死亡した。②熱性けいれん群(63例)のうち55例は単純型熱性けいれんであった。③ESUE群(14例)のうち大部分(13例)は、発作が起こって24時間以内に増悪した。3群とも、インフルエンザワクチンの接種率は低かった(①群: 22%、②群: 32%、③群: 21%)。
このように、中国・深圳市におけるCOVID-19パンデミック中のA(H3N2)によるアウトブレイクでは、生来健康でワクチン未接種の児においてINCsが発生している6)。
イタリア・トスカーナ州では、2023年12月~2024年1月にA(H1N1)pdm09感染による深刻なアウトブレイクが発生した。症例は、フィレンツェのMeyer小児病院に入院した小児7例(年齢中央値: 52か月[IQR: 25-70]、男児: 5例)で、全例が熱性疾患と脳症を呈していた。5例は生来健康で、2例にはけいれんの既往があった。4例は小児の集中治療室(PICU)にすぐに収容され、3例は一般病棟へ入院した。PICU収容例のうち3例はANEと診断され、うち1例は死亡した。この死亡症例は、4歳4か月で生来健康であったが、肝不全、消化管出血を伴う凝固障害、急速な神経学的機能低下を伴う多臓器不全を呈し、治療の甲斐なく5病日に死亡した(表3)。
7例は全員、インフルエンザワクチン未接種であった。インフルエンザは、小児には好ましくない転帰をたどるリスクがある疾患と知られながら、イタリアでは小児のインフルエンザワクチン接種率は低い(4歳未満児において、全国: 10%、トスカーナ州: 約12%)。イタリア保健省はすべての乳幼児へのインフルエンザワクチン接種を推奨している7)。
なお、近年、成人のインフルエンザ脳症報告例が増加し、小児と成人で病像も異なることが明らかになり、「成人のインフルエンザ脳症」 の治療法の検討が重要とされている1)。
表3 小児インフルエンザ脳症患者(7例)の年齢と転帰―イタリア・フィレンツェ・Meyer小児病院
文献7)より改変
文献
- 国立感染症研究所: IASR. Vol 40. p101-103: 2019年6月号.
- 日本医療研究開発機構研究費(新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業)「新型インフルエンザ等への対応に関する研究」班: インフルエンザ脳症の診療戦略. 2018年2月.
- 国立感染症研究所ほか: 今冬のインフルエンザについて(2019/20シーズン). 2020年8月27日.
- 国立感染症研究所ほか: 今冬のインフルエンザについて(2022/23シーズン). 2023年12月19日.
- 国立感染症研究所ほか: IDWR. 2024年1月号.<注目すべき感染症>インフルエンザ.
- Zhang R, et al.: Int J Infect Dis. 134: 91-94, 2023.
- Bartolini L, et al.: Euro Surveill. 29(17): 2400199, 2024.